昭和38年2月2日
オレが小学校五年生だったこの日の朝。
「にいちゃん起きて、おきて。大変だ。とっしょりばーちゃん死んだみたいだよ」と、同じ部屋で寝ていたはずの妹の絹子がオレを揺り動かしている。
熟睡を起こされたオレは、寝ぼけ眼で「まさか⁈」と(多分不機嫌そうに)目を擦った。
「だって、ばーちゃんの部屋にお医者さんも来てるよ」と絹子。
夕べの夕食のカレーライスを「美味しいなぁ」と言ってキレイに食べていたのに、俄かには信じられなかった。
しかし、ただ事では無さそうな顔で「ほんとだってば」と言い募るばかり。
ようやくの事布団から出て階段を降りて見ると、ただ事では無さそうな雰囲気の中隠居部屋の前に行くと、
はつばーちゃんの長男で祖父の種治と、白衣を着て首に聴診器を掛けた緑ヶ丘の佐藤先生がはつばーちゃんの枕元で
向かい合う様にして何やら話し込んでいる。
布団の足元から見えるはつばーちゃんの顔はスヤスヤと眠っている様だった。
はつばーちゃんの思い出
4才の頃(昭和31年)のオレとはつばーちゃん

同じ年の夏。庭にて

米寿のお祝いを前に、記念写真を撮る

明治9年生まれのはつばーちゃんは暑い夏には「アッパッパー」を切る事もあったけど、凡そ着物姿だった。
毎朝鏡台の前で、着物の衿に白いハンカチや手拭いを挟み、左手に手鏡、右手に柘植の櫛で髪をとき、集めた髪を後ろに纏めて整えていた。
身綺麗なばあちゃんだった。
そのばあちゃんが突然亡くなった。
それがタイトルに有る日時で、今日で63回目の命日だ。
どこだっけなぁ
去年この辺りにクルミがいっぱい落ちてた筈だけど...

何処だったかな

「ん?誰か見てる...。ウエモンズハートのおじさんか。なら、大丈夫か!」
ここか⁈

目っけ!

衆院選から見える事
1月27日解散し、2月8日投開票となった衆議院選挙
29日道新朝刊一面
「自維 過半数の勢い」 衆院選序盤情勢 中道伸び悩み

同じく今朝の日経新聞

「自民、単独過半数の勢い」 中道、議席減の可能性 衆院選序盤情勢
夫々独自の調査が行われていると思うが、両誌とも自民党単独での過半数(233議席)を窺うとの大見出しである。
閑話休題。
自分は本屋好きだ。
書店の書架に並べられている本の背表紙のタイトルを眺め、興味があれば手に取りカバーの帯や目次等に目を通し品定めをする。
所謂乱読派だ。
そんな自分の頭の中では、今の現状は110年前の第一次世界大戦前後に似ている気がする。
当時、日英同盟もあり連合国側に付き漁夫の利を得た。
その後アメリカを中心に国際連盟を作るのだが、日本の主張する人種平等宣言はアジアやアフリカを植民地にしていたヨーロッパを代弁して、
全会一致を主張するアメリカに否決されたり、海軍の建艦比率を米10:英10:日7と制限され、裏では対日戦争を想定した「オレンジ計画」を立てたり。
そしてアメリカ発の世界恐慌となど、100年前の世界に於ける日本の閉塞感。
「日本を世界の高みに」を訴える高市人気がその証左の様な気がする。
衆院解散

予てから衆院通常国会冒頭の解散を公言していた高市総理。
23日午後解散解散を発表。
解散理由は「私し高市早苗か、野田さん齋藤さん若しくは他の人か、その選択選挙」との事。
日本は議員内閣制なので、国民が総理を選択出来る訳では無いが、
「私の進める自民党改革も含めて判断してね」と言う事か。
今までは、派閥の論理で総理大臣が選ばれてきたが、派閥を持たない高市総理の政権基盤の安定を求めている。
タライ回しで選ばれる総理より遥かにいいのかも。
翻って十勝を地盤とする北海道11区。3人が立候補している。


石川香織さんは元アナウンサーだけあって頭の切れも良く活舌も歯切れが良く好印象の人だ。
中川紘一さんは広瀬牧場で数日酪農作業を体験にしに来ているし、森の里小への仔牛の出前授業にも同行してもらった。



35才と言う若さながら子供達とのふれあいも、人柄の良さを感じさせる。
結果は2月8日。
高市総理の心境や如何に
「細工は流々 仕上げを御覧遊ばせ」と言ったところか。
1/22・業界紙3面
「農業政策で国民・玉木氏方針」

その中で、
※食糧自給率目標は50%とした上で『品目毎の自給目標を定め、戦略的に取り組む事が必要だ』と述べたとある。
これは大賛成。
自分自身、レスターブラウン著「地球白書」に出会ってから30年来の持論だ。
本書曰く、環境への負荷を表すフードマイレージ、穀物1㌔を生産ための水バーチャルウォーター、化学肥料や農薬の多用による農地の砂漠化などなど
人口爆発の続く今、持続可能な社会を標榜する現在に於いては、見逃す事のできない問題として表面化しつつある。
主食の米や生鮮品の野菜や牛乳は100%。麦は50%とか......
※供給量を調整して価格を維持する政策は難しく、農家の所得は直接支払い制度で確保すべき。
これも大賛成。
過去に数度ヨーロッパを訪問して肌で感じた事だ。
植民地経営で安い農産物を植民地から仕入れていて食糧自給率を落としていたヨーロッパ。
しかし2度に亘る世界大戦で戦場となり国民の深刻な飢餓を招来した経験から、ヨーロッパ各国は第二次世界大戦後食糧の自給率向上に努めた。
結果、英国でも70%台、独、仏などは100%超え。
その対策は直接所得補償(農地周辺の草刈りや雑木除去なども含む)であり、小農も離農せず、耕作放棄地も無く結果中山間地まで綺麗に整備されていた。
これは観光地に飽きたインバウンドの地方への誘客にも繋がり、一挙両得だろう。
帯広空港と韓国済州空港も週三往復でスタートしたものが、今四往復に増便されているように、地方人気が高まっているようだ。
付加価値をつけ輸出や販売など農家の自助努力も必要だが、本末転倒だ。





