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十二代目 宇右衛門の廣瀬文彦が語る ウエモンのよもやま話

2026年7月 3日(金) 05:31

自衛隊さん

 我が家から東に1.5kmの所に自衛隊第5旅団駐屯地の入り口、北門がある。
この駐屯地は昭和13年に日本陸軍浜松航空隊が移転配備されたのが始まりだが、我が家が現在地に移転してきたのも同年。
歴史を軌を一にし、自衛隊は非常に身近で、隊員の事を我が家では「自衛隊さん」と呼んでいる。
早朝には自衛隊の起床ラッパが聞こえ、目の前の6線道路はマラソン訓練や重装備の行軍訓練、冬にはスキーの行軍練習などのコースになっていた。
又、鹿追にある演習地とを、トラックやジープが行き来する。
小学校の下校時にはジープや隊員輸送用の幌付きにも乗せてもらった。
時にはビスケットなどを貰ったり...
毎年秋には自衛隊祭り。
迷彩を施した隊員達が紅白に別れての模擬白兵戦が有ったり、戦車に載せてもらって子供心に大興奮。
空を仰げば頭の上を訓練用のセスナ機やヘリコプターが上がったり降りたり。
昭和30年代には軍民両用として、帯広空港も開港し札幌丘珠空港及び羽田空港をYSー11と言うプロペラの旅客機が就航した。
近年では、家族全員がヘリコプターにも体験搭乗させて貰ったり。

扨、今朝の道新に、自分にとって身近な自衛隊のニュース
「陸自第5飛行隊48年無事故達成−防衛省が表彰」とあり、目が行った。
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そう言えば自衛隊機の事故は聞いた事がないなぁ。
戦前の話しとしての聞き伝えでは、軍都帯広の灯火管制状況を視察する軍上層部の人の搭乗する飛行機が
真っ暗闇の中方向感覚を失って墜落したと言うのがあった。
小学6年の時には片側の車輪が出なくなったYSー11が胴体着陸。
航空大学校帯広分校の訓練生の操縦する訓練機が芽室町の畑に不時着、と言ったニュースを思い出すが、
ニュースにある通り自衛隊機の事故は聞いた記憶がないが、今回の受賞がそれを物語っている。
自衛隊さん、おめでとう。そしてご苦労様。

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2026年7月 2日(木) 10:45

横浜Now

 所用が有って今横浜。
外は雨模様
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宿泊はシーサイドラインのテクノタワーホテル
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シーサイドラインは京浜東北線杉田駅近くの新杉田から京急線の金沢八景を結ぶ第三セクターの路線らしい
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最寄りの駅は産業振興センター駅
沿線風景は工業団地の様でホテルの向かいはカステラで有名な文明堂の工場
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「カステラ1番、電話は2番、3時のオヤツは文明堂」とつい口をつく。

来年は3月から半年間横浜花博が開かれる様だ
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もしも花博に来る事があるとして、交通の便が良かったら、
またテクノタワーホテルに泊まってもいいかな。
何しろ都会でありながら、人が少ないのが良い。

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2026年6月26日(金) 05:58

チカラ

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チカラ無き正義は無力だ
正義無きチカラは暴力だ
パスカルの言葉らしいが、チカラを持つ国同士が覇権争いをしている今、正義が何か問われている。
生きとし生けるもの全ては弱肉強食の世界に身を置いている。
防衛力、反撃能力は勿論大切だ。

命をつなぐ食について国は供給力の向上を訴えているが、シーレーンの安全確保や環境負荷を増大させるフードマイレージの問題も有る。
自給力が最も大切だ。
農業の効率化よりも経営の多様性が最も大事だ。
食の基、農業への国民の理解力が求められている。

  

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2026年6月21日(日) 04:53

ほろしん温泉

 15日、上川、空知にまたがる雨竜郡沼田町にある保護観察所に併設されている就業支援センターから依頼されて、
保護観察中の少年の面接に行ってきた。
その就業支援センターでは、少年たちの居場所作りとして一年程度農業に従事しながら共同生活を送るものだ。
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 さて、沼田町は国道12号線や石狩川の西側に位置する町で、通った事はあったかも知れないが、目的地として
訪問するのは初めて。
近くで泊まれ所は⁈とSNSで調べると、そこから山あいに12kmほど進んだ所に「ほろしん温泉」言う温泉施設があるではないか。
聞いた事のない温泉であまり期待もせず、事前に電話予約しておいた。
面接終了後の午後8時過ぎに入館。
食事を慌ただしく済ませて温泉につかる。
うーん、気持ちい〜!いい湯だ〜。

この温泉の正式な名前は、ほろしん温泉ほたる館と言い平家館と源氏館に分かれている。
その謂れはと言うと沼田町はほたるの里といわれていて、源氏蛍と平家螢に由来するらしい。
新館と思しき源氏館が宿泊などの受付フロントになるのだが、そのロビーには午後4時から9時まで
セルフではあるが、アルコール、ノンアルに関わらず飲み放題になっている。
ほたる館の心意気、老人の心に突き刺さった❗️
 
次回は仕事抜きで泊まりたい。
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2026年6月15日(月) 05:45

ガッツ石松

 6月2日にガッツ石松さんが亡くなったと新聞やTVで報じられていた。
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76才と言うことは自分より2才年上だったのか。

ガッツ石松さんとはお台場にあるフジテレビのスタジオ出待ち部屋でご一緒した事があった。
1998年の事である。 

更に遡る事3年の1995年に、フジテレビで毎週放送されていた中居正広とチンパンジーのアクセル君が
司会をしていた『中居正広のボクらはみんな生きている』と言う番組に出演をした事がある。
その番組は動物に関連した三択問題にゲスト回答者かが答えると言うもので、自分の出演した問題は『搾乳チャンピオンは誰だ』と言うものだった。
(この時の収録の様子は後日この「よもやま話し」で紹介する)

この番組の縁で3年後の1998年(平成10年)再びフジテレビテレビから、27時間テレビへの出演のオファーがあった。
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(その後の放映時のテレビ画面を写したものだ)
これは生番組で、スタジオで撮影するため、出演者達が出待ちする部屋で待機していた。
その部屋にはSMAPの稲垣吾郎を始めとする画面越しにしか見ることのできないタレントさん達が数人、友達会話で盛り上がっている。
山出しのオレは一人居心地悪く肩身の狭い思いで座っていると、ガッツ石松さんが入ってくるではないか。
ガッツさんのボクシングは見ていたので何とか声掛けの機会を窺っていた。
するとそこへ「タレント犬」を連れた人物が入ってくる。
ガッツさんはその人物と犬談義でもりあがっている。
《ガッツさんは動物好きみたいだなぁ。それならオレも牛飼いの端くれ。牛の話しで盛り上がれるかも⁈》と思いつつ、
『あのー、ガッツ石松さんですよね』と声をかけると、
オレの顔を一瞥し『ああ』と言っただけでまた、犬に話しがもどる。
少し間を置いて《ボクシングはあまり詳しく無いしなぁ》とおもいつつ『テレビで見てますよ』と声をかけると
今度は一瞥さえ無く『ああ』と興味無さげな返事。
ガッツ石松さんとの思い出はここまで。

今思えば『自分は牛を150頭程買っているんですけど...』などと自己紹介から入れば、少しは盛り上がったかも...
今更ながら、話しのいとぐち作りの稚拙さを思う。

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