ホーム > ウエモンのよもやま話
オンラインショップ

十二代目 宇右衛門の廣瀬文彦が語る ウエモンのよもやま話

2019年2月10日(日) 06:23

門番

門番猫
「右良し、左良し...」3DAC78D2-CAEA-4396-A1EF-078437657609.jpeg
「廣瀬の誰に用事?」と鋭い目付きで誰何する7F0B9EC2-27D4-4E34-A076-D489C4A438F2.jpeg
「何〜んだ、オヤジか」AAA6082C-053F-457B-9323-E8ED32778F8D.jpeg
顔を覚えていただいてありがとう。

LINEで送る
2019年2月 9日(土) 11:56

ブルブル

0A631267-9162-4BED-BDC8-C0C42EBD9CB2.jpg
今期最高の冬将軍到来。
広瀬牧場のミルキングパーラー前の寒暖計が氷点下28℃を示している。
オレが子供の頃なんか氷点下30℃以下なんてザラで、そんな中、小学校にも当たり前の様に通ったもんだ!なんて爺むさい話しは無しネ!

LINEで送る
2019年2月 8日(金) 05:53

陸別

昨日、家内と陸別での葬儀が有り、お参りをして来た。
50年前(50年⁈半世紀も昔だ!)、帯農酪農科を一緒に卒業した秋山君の父親が91才で亡くなったのだ。秋山君とは妙にウマがあって、3年生の夏休みには道東を一周するバイクツーリングも一緒だった。社会人になってからも無理に呼び出して飲みに行く程の付き合いも無かった。しかし、会えば必ず胸襟を開いての近況報告をし合う仲だ。
近年は孫の誕生日には必ずウエモンズハートのアイスケーキを送ってくれる。しかも7人分毎年だ。オレの方も昨年来「なつぞら」の撮影で幾度となく陸別を訪問し秋山君の家にも初めて寄らせていただいた。
年が明け、1月26日には再び陸別で撮影が有ったのだが、その時には撮影現場まで、陣中見舞いに来てくれた。その際もお互いの父親(いずれの父親も昭和2年生まれの同い年)の近況報告をし有ったのだが、その時は少しボケが来てるようだけど相変わらず元気だ、と聞いていたので新聞紙上での訃報には驚いた。
JA陸別の通夜、告別式と言う事でお参りに行って来たのだが、驚きだ!64D9243C-743C-4808-BDAB-B4D68AD2C715.jpg
農協関係の施設にしては遊び心満載で、社会を斜(はす)に見るオレとしては大喝采だ!
告別式、送り出しは11時過ぎには終わったので、森田屋でソバを頂く。
D805CE35-1330-4914-A5FB-F897237AC385.jpg
この森田屋の前にはオレと同じ様な腹を抱えたタヌキがお出迎え。親近感が湧く。この店のソバは父親や稚内の太一君からも美味しいとの評判を聞いていたので、迷わず暖簾をくぐったが、噂に違わず美味しかった〜。満足、満足!
蕎麦を食べ終えカウンターの上の時計は12時20分を指している。折角の遠出、今度は新鮮な魚介を求めて釧路の和商市場にハンドルをきる。
我々高齢者には、和商市場の様な対面販売でのやりとりが楽しい。生のカレイや一夜干しのホッケ。丸々太ったイワシ。ホヤ、タチ、色々仕入れて午後6時過ぎ凱旋帰宅だ。
約300kmのドライブは矢張り疲れてしまい、夕食後すぐバタンキューだった。歳をとったものだ...

LINEで送る
2019年2月 3日(日) 16:44

松崎町御一行様

ここ帯広市との姉妹都市提携40周年を記念して、静岡県伊豆半島先端にある松崎町の長嶋町長始め土屋町議会議長さん、町議の方、そして町民有志の方々総勢29名の御一行様が今朝、広瀬牧場を訪問してくれた。
B15C86F9-EFB2-4371-9825-A382B0F26CC7.jpg
松崎町の豪農依田佐次平が晩成社を結成し、弟の勉三、渡辺勝、鈴木銃太郎ら13戸の人達が十勝に入植し開拓を始めたのが明治16年。それが縁での姉妹都市提携なのだ。
午前9時過ぎに到着。
簡単な挨拶の後牧場内見学。牛の大きさや牧草ロールの大きさに感動し、子牛の人懐っこさに大喜び。
一通り場内見学した後ウエモンズハートの店内に移動。
64455F1F-5893-4D70-841D-AB350536036A.jpg
店内では腰を下ろして頂き、私の話しの後ウエモンズハート特製のサクラのアイスを試食して頂いた。このアイスは松崎町特産の桜葉の塩漬けしたものを使って製造している。皆さんにはこのサクラのアイスを堪能して頂いたようだ。
527DD5C8-3A79-4133-B04B-CE46C802FDF5.jpg
長嶋町長は昨年6月にも来て頂いており一面識の間柄で、帰り際硬い握手を交わし、町長の立っての希望で記念にツーショットを撮って頂いた。

LINEで送る
2019年2月 2日(土) 06:56

横着者

今はすっかり朝寝坊だ。
酪農家現役の頃は通年朝四時半には仕事開始だったので、3時半に目覚め4時すぎ(バイト生が来る前)には牛舎に行っていたものだか、今は早くても6時過ぎにしか目が覚めない。
遅い目覚めの後階下に降り、食卓テーブルに付き(勿論無言ではなく、おはよう位は言いますが...)92才の父親が外の郵便受けから取ってきた新聞を開き、88才の母親が淹れてくれるお茶を飲むのが、今の日課だ。
63FBE3D1-70A1-418C-8B56-D80B1A5BF29A.jpg
心臓の難病を患い余命宣告を受けた身とはいえ、先端医療を受け余命宣告時計を止めて頂いている今では只の横着者なんだろうな。
「いつまでも 有ると思うな 親と金」か...

LINEで送る