チカラ

チカラ無き正義は無力だ
正義無きチカラは暴力だ
パスカルの言葉らしいが、チカラを持つ国同士が覇権争いをしている今、正義が何か問われている。
生きとし生けるもの全ては弱肉強食の世界に身を置いている。
防衛力、反撃能力は勿論大切だ。
命をつなぐ食について国は供給力の向上を訴えているが、シーレーンの安全確保や環境負荷を増大させるフードマイレージの問題も有る。
自給力が最も大切だ。
農業の効率化よりも経営の多様性が最も大事だ。
食の基、農業への国民の理解力が求められている。
ほろしん温泉
15日、上川、空知にまたがる雨竜郡沼田町にある保護観察所に併設されている就業支援センターから依頼されて、
保護観察中の少年の面接に行ってきた。
その就業支援センターでは、少年たちの居場所作りとして一年程度農業に従事しながら共同生活を送るものだ。

さて、沼田町は国道12号線や石狩川の西側に位置する町で、通った事はあったかも知れないが、目的地として
訪問するのは初めて。
近くで泊まれ所は⁈とSNSで調べると、そこから山あいに12kmほど進んだ所に「ほろしん温泉」言う温泉施設があるではないか。
聞いた事のない温泉であまり期待もせず、事前に電話予約しておいた。
面接終了後の午後8時過ぎに入館。
食事を慌ただしく済ませて温泉につかる。
うーん、気持ちい〜!いい湯だ〜。
この温泉の正式な名前は、ほろしん温泉ほたる館と言い平家館と源氏館に分かれている。
その謂れはと言うと沼田町はほたるの里といわれていて、源氏蛍と平家螢に由来するらしい。
新館と思しき源氏館が宿泊などの受付フロントになるのだが、そのロビーには午後4時から9時まで
セルフではあるが、アルコール、ノンアルに関わらず飲み放題になっている。
ほたる館の心意気、老人の心に突き刺さった❗️
次回は仕事抜きで泊まりたい。

ガッツ石松
6月2日にガッツ石松さんが亡くなったと新聞やTVで報じられていた。

76才と言うことは自分より2才年上だったのか。
ガッツ石松さんとはお台場にあるフジテレビのスタジオ出待ち部屋でご一緒した事があった。
1998年の事である。
更に遡る事3年の1995年に、フジテレビで毎週放送されていた中居正広とチンパンジーのアクセル君が
司会をしていた『中居正広のボクらはみんな生きている』と言う番組に出演をした事がある。
その番組は動物に関連した三択問題にゲスト回答者かが答えると言うもので、自分の出演した問題は『搾乳チャンピオンは誰だ』と言うものだった。
(この時の収録の様子は後日この「よもやま話し」で紹介する)
この番組の縁で3年後の1998年(平成10年)再びフジテレビテレビから、27時間テレビへの出演のオファーがあった。

(その後の放映時のテレビ画面を写したものだ)
これは生番組で、スタジオで撮影するため、出演者達が出待ちする部屋で待機していた。
その部屋にはSMAPの稲垣吾郎を始めとする画面越しにしか見ることのできないタレントさん達が数人、友達会話で盛り上がっている。
山出しのオレは一人居心地悪く肩身の狭い思いで座っていると、ガッツ石松さんが入ってくるではないか。
ガッツさんのボクシングは見ていたので何とか声掛けの機会を窺っていた。
するとそこへ「タレント犬」を連れた人物が入ってくる。
ガッツさんはその人物と犬談義でもりあがっている。
《ガッツさんは動物好きみたいだなぁ。それならオレも牛飼いの端くれ。牛の話しで盛り上がれるかも⁈》と思いつつ、
『あのー、ガッツ石松さんですよね』と声をかけると、
オレの顔を一瞥し『ああ』と言っただけでまた、犬に話しがもどる。
少し間を置いて《ボクシングはあまり詳しく無いしなぁ》とおもいつつ『テレビで見てますよ』と声をかけると
今度は一瞥さえ無く『ああ』と興味無さげな返事。
ガッツ石松さんとの思い出はここまで。
今思えば『自分は牛を150頭程買っているんですけど...』などと自己紹介から入れば、少しは盛り上がったかも...
今更ながら、話しのいとぐち作りの稚拙さを思う。
リラ冷え
6月に入った直後、32℃を超す真夏日が続き、横須賀からの遠来の客達も十勝帯広の桁違いの暑さに驚いていた。

図の通り最高気温は下がり続け昨日は16.2℃。
そして今日は下図の通り12℃
市内各地の小学校では運動会が開かれ、

寒い中子供達は元気に走り回っていた。

明日明後日とこの低温は続くが、9日以降20℃前後の平年並みの気温に戻りそう。
この気候はオホーツク海高気圧が北海道付近に張出し、冷たく湿った空気が流れ込んで起こり、北海道特に道東やオホーツク海方面に特有の現象だ。
北海道では丁度ライラックが開花を迎える時期で、リラ冷えとも言われるが、
天候に左右されるウエモンズハートもこの気候に連動して、週末と言うのに客足もまばら‼️
楽しがらず哉
友遠方より来る
下の写真。
真ん中が横須賀の関口
その左隣が新潟の藤田

いずれも酪農家で30年来の友達だ。
夜は関口牧場の従業員や取引先の方も含め10人で、平和園東銀座店へ。
肉の美味しさもさることながら、価格の安さに驚きつつ皆さん箸がとまらなかったようです。
その後帯広名物北の屋台へ。
旧知の「スピナッチ」が丁度空いていたので、そこでまた一飲み。
病人のオレはハイボール二杯で、薄くなった後ろ髪を引かれながら帰路に着く。
1999年創立の地域交流牧場全国連絡会(国に先駆けて、食育や六次産業化を推進する会)の会長を努めていた頃、
製造流通部会長(関口)や副会長(藤田)としてオレを支えてくれたメンバーでなんの気兼ねもなく、
思い出話しに大輪の花が咲いた。
楽しがらず哉‼️





