紘ちゃんガンバレ
今日2月8日は衆議院選挙投票日だ。
選挙に先駆けた6日夜農協大会議室で中川紘一君を応援する会が開かれた。
約500人以上の組合員や職員が集まる中、かれの立ち合い演説会が開かれた。

紘ちゃんは早稲田の雄弁会出身だけあって、35才と言う若さでありながら、後援会長はじめ応援弁士の言葉を織り交ぜたり、
長芋農家で掘り取り作業中ナガイモを折ってしまった失敗談や、我が広瀬牧場では搾乳など牛の世話を体験させていただき
加えて温かくて美味しい朝ごはんもご馳走になりました、と、お世話になってる方々とのエピソードもそつ無く組み込んでいた。
中々の弁士ぶり。
今夜8時過ぎの投開票が楽しみだ。
因みにわたしが中川紘一君を「紘ちゃん」と呼ぶのは、延べ一週間ほど早朝から牛舎作業に来てくれた際
朝食も一緒にした親近感からです。
紘ちゃんは、男前、明晰でありながら気立の良さ、軽いフットワークと三拍子揃い踏みだ。
高市旋風
今朝の道新一面
6日前(1/29)、選挙公示直後の道新一面には「自維過半数の勢い」と調査結果が載っていたので、更に自民党が勢いづいているニュアンスだ。
この間TVを含むメディアは、来年度予算審議を放棄しているとか、各地の大雪風景を背景にこんな時に選挙は無いだろう。
投票日にもし大雪で投票者の足が奪われたらどうするのかとか、何となく高市総理の揚げ足取りばかりが強調されていている様だ。
解散理由は
「論より証拠」
高市早苗が総理に選出されてからの2ヶ月間の外交内政を国民に見極めてほしい。
与野党伯仲では政策が前に勧められない。高市早苗(自民党)か野田、齋藤の何れかの選択選挙だ、と言う。
重ねて、メディアは、肝心の解散の論点を見えなくしているようだ。
昭和38年2月2日
オレが小学校五年生だったこの日の朝。
「にいちゃん起きて、おきて。大変だ。とっしょりばーちゃん死んだみたいだよ」と、同じ部屋で寝ていたはずの妹の絹子がオレを揺り動かしている。
熟睡を起こされたオレは、寝ぼけ眼で「まさか⁈」と(多分不機嫌そうに)目を擦った。
「だって、ばーちゃんの部屋にお医者さんも来てるよ」と絹子。
夕べの夕食のカレーライスを「美味しいなぁ」と言ってキレイに食べていたのに、俄かには信じられなかった。
しかし、ただ事では無さそうな顔で「ほんとだってば」と言い募るばかり。
ようやくの事布団から出て階段を降りて見ると、ただ事では無さそうな雰囲気の中隠居部屋の前に行くと、
はつばーちゃんの長男で祖父の種治と、白衣を着て首に聴診器を掛けた緑ヶ丘の佐藤先生がはつばーちゃんの枕元で
向かい合う様にして何やら話し込んでいる。
布団の足元から見えるはつばーちゃんの顔はスヤスヤと眠っている様だった。
はつばーちゃんの思い出
4才の頃(昭和31年)のオレとはつばーちゃん

同じ年の夏。庭にて

米寿のお祝いを前に、記念写真を撮る

明治9年生まれのはつばーちゃんは暑い夏には「アッパッパー」を切る事もあったけど、凡そ着物姿だった。
毎朝鏡台の前で、着物の衿に白いハンカチや手拭いを挟み、左手に手鏡、右手に柘植の櫛で髪をとき、集めた髪を後ろに纏めて整えていた。
身綺麗なばあちゃんだった。
そのばあちゃんが突然亡くなった。
それがタイトルに有る日時で、今日で63回目の命日だ。
どこだっけなぁ
去年この辺りにクルミがいっぱい落ちてた筈だけど...

何処だったかな

「ん?誰か見てる...。ウエモンズハートのおじさんか。なら、大丈夫か!」
ここか⁈

目っけ!

衆院選から見える事
1月27日解散し、2月8日投開票となった衆議院選挙
29日道新朝刊一面
「自維 過半数の勢い」 衆院選序盤情勢 中道伸び悩み

同じく今朝の日経新聞

「自民、単独過半数の勢い」 中道、議席減の可能性 衆院選序盤情勢
夫々独自の調査が行われていると思うが、両誌とも自民党単独での過半数(233議席)を窺うとの大見出しである。
閑話休題。
自分は本屋好きだ。
書店の書架に並べられている本の背表紙のタイトルを眺め、興味があれば手に取りカバーの帯や目次等に目を通し品定めをする。
所謂乱読派だ。
そんな自分の頭の中では、今の現状は110年前の第一次世界大戦前後に似ている気がする。
当時、日英同盟もあり連合国側に付き漁夫の利を得た。
その後アメリカを中心に国際連盟を作るのだが、日本の主張する人種平等宣言はアジアやアフリカを植民地にしていたヨーロッパを代弁して、
全会一致を主張するアメリカに否決されたり、海軍の建艦比率を米10:英10:日7と制限され、裏では対日戦争を想定した「オレンジ計画」を立てたり。
そしてアメリカ発の世界恐慌となど、100年前の世界に於ける日本の閉塞感。
「日本を世界の高みに」を訴える高市人気がその証左の様な気がする。





