1・17
「1・17」
平成7年1月17日未明に起きた阪神淡路大震災の呼称
今から31年も前の事だが、記憶に鮮明に残る事件だ。

その年の1月4日、肺癌の疑いで帯広厚生病院に入院
4日後に右肺上葉切除の手術を受けた。
手術も無事終わり、個室で療養中の事。
17日その日も仕事柄早くに目が覚めて、5時半から始まるHBCラジオの「えのさんの おはようさん」と言うトーク番組を聴いていた。
番組の途中で、MCのえのさんが「あっ、地震です。今スタジオがゆっくりと揺れています......少し長いようですね......漸く収まったようです。
震度など詳しいことは情報が入り次第お伝えします。」
その後番組が再開。
暫くするとMCのえのさんが「各地の震度情報が入って来ました。東京震度○、神奈川○......。⁉︎関西地方だけはまだ情報がはいってきていません。
それでは各地の震度繰り返します.........。」と、番組再開。
今度は緊迫したような声色で「未だ関西方面の震度情報は入って来ていませんが、どうやら兵庫県を中心に大きな被害が出た模様です。
この番組は間もなく終了ですが、情報が入り次第お知らせします。」と緊迫感の余韻を残して『えのさんのおはようさん』は終わった。
その後起床時間を迎え、病室のテレビを点けると、神戸市の甚大な被害が上空からの映像が映し出される。
刻々と目を背けたくなるような被災の状況が見えてくる。
高速道路の橋脚が根本から折れて倒壊。下を走っていた車はペシャンコ。
倒壊した建物の下敷きになって動けずにいる人々が、延焼してくる火に飲み込まれ行く様がヘリコプター映像で
映し出される。阿鼻叫喚、当に地獄絵図とはこの事だ。
その後数日間はニュース映像と大相撲中継以外は地震被害報告ばかり。
大都市での直下型地震の怖さを思い知らされた。
1995年1月17日の事だ。
そして2月末、術後の療養を終え退院するのだが、右肺上葉を切除して検査の結果、
癌ではない事が判明。
では何だったのか⁉️
肺の表面の一部が何らかの影響で化膿していたようだ。病名は「気管支嚢胞」。
「癌じゃなかったのなら、肺の切除は必要無かったのでは⁉️」と聞くと先生は
「化膿部位は500円玉位あったので、もし万が一この嚢胞が破裂すると、化膿菌が身体中を巡って敗血症になど、
命の危険も考えられるんですよ」と。
図らずも、この時も命を救われていたのだ。





