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2018年11月17日(土) 07:37

酪農家E君

大蝦夷農高酪農科を卒業したE君。親が戦後酪農を始めたり帰農二世が多い中、彼の家は祖父が大正時代中頃から牛飼いを始めた毛並みの良い酪農家の子弟、所謂酪農貴族だ。子供の頃からこき使われて体つきだけはごつい我々とは違い彼のそれは華奢でみすぼらしく、それでいて酪農についてはお前らとは違い、我が家は歴史の有る牛飼いと同級生を見下すような鼻持ちならない男だ。あれから50年。彼ばかりでは無くクラスの仲間は全て既に高齢者の仲間入りを果たしている。
オレにとっては苦手な男で、極力関わりを持たない様にして来たが、最近どうしても訪ねなければならない用事が出来、先日の午後突然訪ねたのである。
「おぅ、廣瀬か、どうした?」E君は突然の訪問者に驚きながら、用事がある旨伝えると「まあ上がれや、散らかってるけど...」。
上がり框から右手のドアを開けて先導されるがまま足を踏み入れると、唖然!ソファーの反対側には30インチほどのテレビが置かれているのだがその間に起き抜けのままの夜具が敷かれて有る。その反対側がキッチンで食卓テーブルがあるのだが、その大半がカップ麺の空器や菓子やつまみの空袋。そしてビールの空き缶などで埋め尽くされていた。
Eの父親は入り婿で数年前に、家付き娘の母親は2年前に夫々他界している。30才の頃に結婚し二女をもうけるが、数年後には離婚し、やもめをかこっていた。男やもめに蛆が涌くを絵に描いた様な風景に驚きつつも、空いた椅子に腰を下ろす。
どこから話しを切り出そうか思案しながらの訪問だったが、訪れる人も無いらしく人恋しかったのかEは随分と饒舌だ。
「自分としては結婚生活も充実していて、娘も2人授かった。毎年のように正月は大阪の実家に里帰りもしていたが、ある年の里帰りでは予定が過ぎても帰って来ない。電話をして見ると、もう戻らないと寝耳に水の離婚話。すったもんだの末別れるのだが、訳が分からない。それからと言うもの夜の帯広の街を常勤の体で歩き回る様になり、お定まりのコースで身を持ち崩してしまった。女には入れ揚げるは昼間の仕事はおろそかにするは...。そんなこんなで酒から離れられ無くなってよ!」と臆面も無く話し続けるE君。
「15町有る畑も近々売っ払おうと思ってるんだ」。「小作料や年金諸々合わせたら一人食っていく位になるだろう。未だ売るなよ!」「うん、そうは思うんだが、何せ妹が、兄ちゃんにもしもの事があったら土地の処分にも困るし、と言うんだ。」
『なるほどそう言う事か!Eにもしもの事があった時は二人の娘が大阪に居るので、妹にとって後の遺産分割が大変なんだ⁈』
浪費癖のある子と無い子はどうして違いが出来るのか?それは親の後ろ姿が大切らしいが、Eは「オレの母親は祖父さんの本妻の子なんだけど、祖母さんは妾なんだ。祖父さんは帯広に出来た乳業会社の重役をやっていて妾を囲い終いには本妻を離縁し、妾を後妻として後釜に据えたんだ。」そんな家族背景がEの家には有ったのかも。
しかし何と言っても自分みずから築き上げた訳でもないのに、酪農貴族を気取っていたE君と彼の複雑な家庭環境がE君の奥さんには耐えられなかったのか。

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